【境界カメラ18】『境界カメラ』DVDはホラードキュメンタリーとヒューマンドキュメンタリーを両立させたエンターテイメント作品だ!

境界カメラ3



アダルトビデオに上書きされた謎多き動画、そしてその謎を追っていた新人心霊ディレクターのナリモトの失踪……。

ナリモトD失踪事件の解決に向けてひた走る、映画監督寺内康太郎の快作『境界カメラ』DVDの3作目が発売された。

DVD3発売に伴い、公式放送でのDVD1と2の一挙配信や境界カメラチャンネルでの特番が放送された。

ナリモトD失踪事件をメインストリームとする『境界カメラ』は、今でこそ2019年8月に発売されるDVD4の完結に向けて邁進しているが、過去においては、寺内いわく打ち切りの憂き目に遭っていた。

ニコニコ生放送の境界カメラチャンネル自体は開設当初から一貫して存続している。
なのに、打ち切りってなに?
ここが境界カメラをあまり知らない人にとってみたら混乱するポイントなのだが、そう難しい話ではない。

──境界カメラには、チャンネルとDVDのふたつの媒体が存在している。

『境界カメラ』DVDでは「ナリモトD失踪事件」に焦点が当てられ、境界カメラチャンネルは「ナリモトD失踪事件」を含む、多種多様なコンテンツが取り扱われいる。
境界カメラチャンネルの一部が『境界カメラ』DVDというわけだ。

初期における境界カメラチャンネルには、その中軸を為していた「ナリモトD失踪事件」と監死カメラ時代の人気キャラクター、金田萌黄の「心霊動画部 金田萌黄」、カトールの「KATORの怖い夜」、菅野くんの「K-FILE」(いわゆるKKK企画)があった。
これらの企画にはすべて寺内康太郎が監督として携わっていた。
寺内が『境界カメラ』総監督と呼ばれるゆえんである。

しかし初期『境界カメラ』の寺内総監督時代が長く続くことはなかった。
境界カメラプロデューサー有馬顕がいった「境界カメラは予算の捻出に苦しんでいる」ことから、寺内の関わった予算のかかるすべての企画はいったん中止され、現状の予算と人員でまかなえる範囲で可能な企画を行うべくリニューアルされた。

ただ初期企画が打ち切られ、総監督を降りた後であっても、寺内は「テラコーの妄想推理ドキュメント」「対決シリーズ」などの企画には参加していたため、傍目には降板したように見えなかった。
そのため、ほとんどの境界カメラリスナーにとっては、境界カメラ=寺内康太郎という図式が変わらなかったのではないかと思う。

若干メタな話になるが、そもそも『境界カメラ』について、映像作家としての寺内は、ニコ生という文化を使って、寺内や寺内が信頼するチーム(構成・脚本の佐上佳嗣と編集の遠藤香代子)にしか出来ないホラードキュメンタリーを作りたかったのではないか。
もっといえば、寺内は自分の好きな「ニコ生」と「ホラー」という要素を足して2にするのでなく、100にでも1000にでもして、ひと味もふた味も癖のあるニコ生やホラーが好きな人たちを唸らせる面白いものを作りたかったのだ。
そんなエンターテイナーとしての純粋な心意気が寺内にとっての「境界カメラ」の原点なのだろう。

だからこそ、打ち切りとされたときの寺内の忸怩たる思いはリスナーが思っている以上の悲しみであったり、憤りであったり、嘆きだったりしたはずだし、それにも関わらず、境界カメラチャンネルの方向転換後も境界カメラ=寺内康太郎の図式が変わらなかったことに対するギャップ──言い換えればリスナーから向けられる寺内康太郎への変わらぬ期待感に対して、寺内は苦しんでいたのではないか、と推測する。

その悲しさや苦しさや憤りが爆発し、衆目に晒してしまったのが例のアイズ酩酊事件というわけだ。
ここにきてようやく、境界カメラ=寺内康太郎の図式が違うと、多くの境界カメラリスナーが理解したのではないかと思う。

この打ち切りからのアイズ酩酊事件を経由しての復活劇の顛末も寺内は隠すことなく、境界カメラDVD2の終盤に収録した。
寺内康太郎は、自分自身をよく見せようとはしない。
ありのままの等身大の自分を、弱いところも含めてすべて見せる。
もちろん、映像作家としてのエンターテインメントを忘れることはなく、映像ですべてを語ったのだ。

DVD2にも収録されているが、境界カメラリスナーのひとりとして、オレは寺内のインタビューに応じた。
オレは別に特別なことをいったわけではない。
当時、境界カメラのリスナーであれば誰しもが思っていたことをぶつけただけだ。
だけど、その物言いひとつとっても偉そうな言い方だったと思うし、実際偉そうな感じは否めないが、それでも寺内康太郎は一リスナーにすぎないオレの意見に耳を傾けてくれた。

仮に寺内が本音をぶちまけたアイズ酩酊事件がなかったとしても、仮にオレが境界カメラリスナーの形式上の代表として、寺内とTwitterのダイレクトメールやLINEをしていなかったとしても、仮にオレが寺内インタビューに応じてなかったとしても、いつかは境界カメラDVD2以降のリリースはしていたと思う。

ただそれはドキュメンタリーホラーにおけるいわゆる調査パートと寺内自身による検証パートのみで構成されるDVDであって、そこに境界カメラリスナーの入り込む余地はなかっただろう。
つまりは寺内とリスナーが事件を解決に向けて検証と調査を重ねていく、本当の意味での双方向を実現させた映像作品になっていなかった。
それに、境界カメラリスナーという本来であればただ見ているだけ、あるいは検証なり想像なり妄想なりをネットの世界で垂れ流すだけの個々の素人たち(もちろん、オレ自身も含めて)が寺内の手により「チームテラコー」という集合体に昇華されることもなかっただろう。

この「チームテラコー」という集団は、明確な組織として成り立っているわけではなく、境界カメラリスナーやかつてリスナーであった個々人の緩やかな勝手連的集合体だ。
参加条件が特にあるわけでもなく、強いていえばTwitterで境界カメラについて熱く語っていた人たちで、さらにいえば、映画監督としての、心霊ディレクターとしての寺内康太郎を応援したい、という一念を持っている人たちといえる。
逆を返せば、Twitterで境界カメラやこれから復活する「帰ってきた!監死カメラ」など寺内作品について暑苦しいほど語っていれば、結果的に「それだけ」でチームテラコーの一員になるのだ。

もっとも、ただ「それだけ」といっても寺内の作品が余程、胸に刺さらない限り、Twitterの一行ツイートすら書く気は起きないだろう。
数文字でも寺内作品について書いたら、それだけでカロリーはかなり消費している。
それが更に数文字でも一行でもなく、お前どれだけ感想文書けば気が済むんだよ、と思うほどの文字量を書いたり、あるいは応援絵を描いたりしているのだ。
その消費カロリーたるや半端ないものであることは間違いない。

寺内はDVD3の裏実況をしている際、寺内康太郎を応援する人たちに対して、一生の付き合いをしましょう、といった。
寺内はその場限りの口約束というわけではなく、心の底から思ったことをそのまま素直に口にしたのだ。
いやいや、お前が寺内のことをなにを知ってるんだ、エスパーかよ、と突っ込まれるかもしれないが、そんなん知らなくても寺内の顔、見りゃわかるだろう、と。

『境界カメラ』DVDは次の4作目でフィナーレを迎える。
境界カメラチャンネルでナリモトD失踪事件を追っていない人にとっても、ホラードキュメンタリー史上最高のエンディングになる。
寺内康太郎を応援しているファンがそう断言しても、寺内はその期待を裏切らないと信じている。
だからこそ、境界カメラを知らない人には、最高のエンディングを寺内康太郎と一緒に迎えるために、『境界カメラ』DVDの1、2、3を見てもらいたい。
願わくば、境界カメラチャンネルにも入会して、寺内がリスナーと共にどのような調査検証をしたのか、その軌跡を追体験してもらいたい。

寺内康太郎という男が、ニコ生やホラーをどれだけ愛しているか、そして、どれだけ熱く強い思いを持っているのか、必ずや見ている人間の心のど真ん中に伝わってくるはずだ。

そして『境界カメラ』DVDは、恐怖や驚きなどで見る人の心を激しく揺さぶるホラードキュメンタリーであるのと同時に、寺内を中心とした関係者たちの思いが激しく交錯するヒューマンドキュメンタリーでもあることもわかるだろう。

ホラードキュメンタリーとヒューマンドキュメンタリーを両立した上に、極上のエンターテインメントとして成り立たせている。

それが『境界カメラ』DVDなのだ、といっても過言ではない。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。