【境界カメラ2】『監死カメラ』から生まれた『境界カメラ』

寺内康太郎とKKK



『境界カメラ』について語るのであれば、その土台となったホラーシリーズ『ほんとうに映った!監死カメラ』について触れないわけにはいかないだろう。
2012年から開始し、2017年に惜しまれながらも完結した投稿系ホラーシリーズだ。

『監死カメラ』はレンタルを主戦場とするホラーシリーズである。
その収益構造は、ほぼTSUTAYAとゲオにおけるDVDレンタルの回転にかかっているという。
この手のDVDは、リリース当初の瞬間最大風速的なレンタル稼働で利益をあげなければ成り立たない。
なにぶん、スタートダッシュにかかっているのだ。
結果的に数で稼ぐ必要が出てくる。数ヶ月に一本という早いペースで、低予算での多作化を要求される。

ちなみにホラージャンルにおけるレンタル稼働率は、心霊ドキュメンタリーの金字塔『ほんとにあった!呪いのビデオ』が圧倒的に強い。

『ほんとにあった!呪いのビデオ』、通称『ほん呪』は、映画監督中村義洋と中村とコンビを組む鈴木謙一が初代の構成・演出(実質上の監督)を担当するところからはじまり、以降、若手監督たちが次々と登用されていった。
たとえば『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』で名を挙げた映画監督白石晃士も『ほん呪』に名を連ねている。

投稿系ホラーでお馴染みの「おわかりいただけただろうか」や「~とでもいうのであろうか」という決まり文句も『ほん呪』発の言い回しだ。
ナレーションでこれらのフレーズが多用されるのは、もはや投稿系ホラーの様式美であり、構成要件ですらある。

少しでもソフトのレンタル回転率を高めるために、後発の大抵の投稿系ホラーが『ほん呪』にタイトルや内容自体を寄せている。

レンタルメインのホラーシリーズの立ち上げ当初、「あの『ほんとにあった!呪いのビデオ』スタッフが関わった」との煽り文句のもとに、『ほん呪』に関わっていた映像作家を起用したり、タイトルに「ほんとにあった!」や「呪われた」などの修飾語をつけて、関連作品のように誤認させる、というよりも、「この作品、『ほん呪』っぽいから、安心して怖がってね!」というあからさまな意図を題名に込めるケースが非常に多い。

『ほんとに映った!監死カメラ』シリーズも御多分に漏れず、そのような『ほん呪』の系譜を汲むかたちでのスタートを切った。

視聴者の立場としては、最初は『ほん呪』っぽくてもいい。
いわば、ご祝儀期間みたいものだ。
ただそんないつまでも『ほん呪』っぽいものが、そのままが続くようだと、話が違ってくる。
「だったら『ほん呪』みればいいじゃん!」となる。
バッタものより、本物を、という話だ。

結局、『ほん呪』テイストからの出発であったとしても、独自の進化を遂げないと視聴者から飽きられ、シリーズは呆気なく打ち切られてしまうのだ。

それゆえ、『監死カメラ』もまた独自の道を進んでいく。
『監死カメラ』は『ほん呪』から、いったいどこに向かったのか

──ホラーコメディである。

『監死カメラ』の方向性が明確にホラーコメディに傾いていったのは、映画監督福田陽平と映画監督田中佑和が監督を務めたシリーズ3作目からだ。
実際、シリーズ3作目は、とんでもない作品だった。

初登場するのが、カトール、金田萌黄、木村千尋(西川千尋)、ゆ☆みこ、などシリーズが終了した今でも話題となる人材を発掘、投入した回だった。

たとえば巫女アイドルゆ☆みこは、一回しか出ていないのにとてつもないインパクトを残した。

彼女の口癖「ちがくてー」は、『監死カメラ』とは全く関係ない投稿系ホラー作品がニコニコ生放送で一挙上映されたとき、その登場人物が「違う」と発言すると、即座に「ちがくてー」とコメントが弾幕のように流れる。
またゆ☆みこは、『監死カメラ』を代表するキャラクター金田萌黄(金田萌)を「カネダ」ではなく「キンタ」と呼び、ナチュラルに毒を浴びせかけた。
以降、未だに金田は「キンタ」と呼ばれている。

木村千尋は、今、西川千尋として『心霊調査ビッグサマー』のヒロインで活動しているし、カトールもまたニコニコ生放送で一挙放送される投稿系ホラーにおいて、心霊がらみのことがなにか起きると「カトール氏に相談しよう」みたいなコメントの流れになる。

『監死カメラ』の登場人物のキャラクターは、他の投稿系ホラーと比べても段違いな個性を誇っているキャラクターの数が多いといっても過言ではないだろう。

とはいえ、投稿系ホラーを見ない人にとっては、その凄さが1ミクロンたりともわからないし、わかりたくもないだろうが、まあ、すごいんだ、と思ってくれればいい。
まったくすごいと思わなくても、すごいと気合で思いこめ!!
気合だ、気合だー!!

『監死カメラ』3以降は、とにかく濃いキャラクターを出して、話を動かしていくパワープレイの道を突き進んでいく。

このキャラクターに完全に依存した展開に「心霊を侮辱している」だの「つまらないだの」ということで、結局、シリーズを見なくなった視聴者も当然いるだろう。
その一方で「これは面白い!」とシリーズを追う視聴者も現れたのだ。

『監死カメラ』シリーズにおいて、キャラクターの強烈な個性で物語を展開させる流れを急速に押し進めたのが、シリーズ6作目から監督を務めた寺内康太郎である。

『映画版心霊調査ビッグサマー』上映会の寺内康太郎

寺内康太郎

そして、寺内康太郎こそが『ほん呪』ではなく、『監死カメラ』を源流とする『境界カメラ』に大きく関わっていったのである。

ここで断言しよう。

寺内康太郎は、鬼才である。

これを書いているオレは、そう思っている。
オレがそう思うに至った理由は、次の項で話をしていきたい。



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