【映画を語る1】佐々木勝己監督「星に願いを」(ネタバレなし)

クマちゃん



【データ】
タイトル: 星に願いを
監  督: 佐々木勝己
脚  本: 佐々木勝己
出  演: 兼田いぶき、正田貴美佳 他
配  給: 自主映画
劇場公開: 2019年 夏のホラー秘宝まつりにて企画上映
鑑  賞: 2019年9月1日、キネカ大森


佐々木勝己監督「星に願いを」について、完全ネタバレなしでレビューします。


パンフレットが欲しい。
映画Tシャツを手に入れたい。

心をぐらぐらと揺り動かされ、この作品を記憶に止めたいとグッズを買いたいと思ったのにもかかわらず、製作側の予算の都合かはたまた準備の関係だろうか、Tシャツどころかパンフレットすら売ってないことがたまにある。

佐々木勝己監督のホラー映画「星に願いを」もそんなノーパンフレット、略して”ノーパン”映画のひとつだ。

本作は自主映画である。
もともとは短編のワークショップ映画がはじまりだったという。
短編映画のオーディションが開催され、役者は決まったものの、その企画は呆気なく頓挫したという話だ。
話を聞くに、短編の企画がなくなったのは、役者たち参加者側ではなく運営側の不手際なり不義理のせいなのだろう。
オーディションに参加し、役を勝ち取った彼ら彼女らの落胆は想像するにもあまりあるものだったろう。

しかし「映画の企画がぽしゃりました。解散!」では終わらなかった。
そのワークショップの講師を務めていた映画監督佐々木勝己が立ち上がったのだ。
佐々木はこの企画を引き継ぐと宣言し、200万円程度の制作費を駆け回ってかき集めた。
ワークショップの役者たちも手弁当で参加したとのことだ。
佐々木勝己のもと、俳優陣、スタッフたちがチーム一丸となって撮影に臨んだ。
映画を見ればわかるが、だからこそ、異常なまでの熱気が画面越しでもわかる。

オレは本編の内容など一切知らず、先にあげたテンションの上がる予告編と「夏のホラー秘宝まつり」前夜祭イベントでの佐々木や出演陣のトークだけで期待は最高潮に達していた。

そして何より佐々木勝己自身が「集大成の映画だ」と断言したのだ。
その力強い言葉を信じなくて何を信じればいいのだ。

前売券発売開始後、窓口販売のみでインターネットや電話に対応していなかったため、そんな近くにあるわけでもないのにキネカ大森まで足を運んでチケットを買い求めた。
別に当日でも買えるだろうとは思ったものの、「いやいや、もしやのこともある。むしろ、もしやのことがあって欲しい。そうだ、予約で満員御礼だ!!」と思ったのも正直なところだ。

前売りのチケットを発売開始早々買っただけじゃない。
本編の鑑賞などしていないのに、未見のオレが周りに向かって、この作品は見るべきだと触れ回った。

佐々木勝己の「星に願いを」がつまらないわけがない。
駄作なわけがない。
そんなことは見なくてもわかるとオレは断言した。

映画を見ていないのに、それほどまで言い切ることができる根拠がどこにあるか?そんなものは、佐々木勝己自身が言っていた「集大成」の三文字だけで十分だ。
それ以外に根拠などいらない。

そんなことを真剣に言っているわけなんだから、周りの人間からしてみたら、オレのことをどこぞのカルト宗教の狂信者を見るような目で見ていただろう。
否定できない。
もっともなことだ。

だからこそ、もし他の誰でもない、このオレにとって「星に願いを」がつまらなかったら……。
仮に平均点より上の割と評価されるレベルのものであったとしても、オレは大いに酷評するつもりだった。
まあまあいい出来の映画ですね、だったら、そこらへんにいくらでもある。

だけど、それじゃダメなのだ。
見る者の心に直接届くような作品でなければならないのだ。

なぜなら、オレにとって「星に願いを」はゆうばり国際ファンタスティック映画祭で上映されて好評を得ていたという情報を聞いてからというものの、見たくて見たくてたまらない映画であったからだ。

言うなれば、「星に願いを」は夢の映画になっていた。

夢の映画とは、これから見ることへの大きな期待や、あるいは過去の思い出で「あれはとても面白かった」と記憶の中で美化されている映画のことだ。

第三者の視点から冷静に考えてみれば、狂信者から勝手に夢の映画認定された上に、平均点以上の良作であっても酷評すると粘着されるなんて、クリエイターからしてみたら、いい迷惑以外の何物でもない。

それはともかくとして、オレからしてみたら、遠い過去に見た作品が記憶の中で美化されて夢の映画になることはあっても、未見の作品で、それもワークショップ映画に近いそれが夢の映画になるとは思ってもいなかった。
それゆえハードルは上がりに上がっていた。

しかしなんということだ。
佐々木勝己の創造した世界は、オレのハードルなど、いとも容易く飛び越えた。
いや、ハードルそのものをぶち壊したのだ。

もちろん、前述したような、この映画が完成するまでの監督と演者たちによる感動的なバックボーンを一切考慮していない、作品そのものの評価だ。

本作の素晴らしさは映像美、造形美、音楽センス、そして何より俳優部のキャラクターにひとりとして違和感を覚える人がいない点に尽きる。
ワークショップ映画が出発点なのだから、出演俳優は失礼ながら誰もが知っている名前は出てこない。
だけど、この世界は彼や彼女だからこそ成り立たせることができる。

主演女優の兼田いぶきさんは奇しくもオレが本作を劇場で見たその日、芸能界を引退されたそうだ。
はじめて見た彼女の演技は、一人のホラーファンのオレの脳裏に刻み込まれた。
むろん、彼女だけじゃない。
家出少女役の正田貴美佳さんにせよ、クズな母親役の高見綾さんにせよ、微笑みクズ役の平隆人さんにせよ、どの役者も皆、素晴らしい演技を見せてくれた。
登場人物全員がクズな部分を多かれ少なかれ観客に見せつける。
それが本当に自然で、実際もクズなんじゃないかと錯覚するほどのそれだった。

映像美や役者の熱演によってか、「星に願いを」のラスト、いや途中のあたりから泣けて泣けて仕方なかった。

最近、完結した心霊ドキュメンタリー寺内康太郎監督「境界カメラ」のナリモトD失踪事件のラストシーンで泣けたのは記憶に新しい。

だが、ホラーのドラマで泣いたのは、岩澤宏樹監督「心霊玉手匣」のconstellationとGet Back以来だ。

ちなみに佐々木勝己監督が師事しているのが岩澤宏樹監督だ。

佐々木の師、岩澤宏樹は、Twitterでこう呟いていた。

語弊を恐れずに言い切ってしまうが、
岩澤宏樹の「心霊玉手匣」はモキュメンタリーホラー。
佐々木勝己の「星に願いを」はスプラッターホラー。
どちらもホラーとはいえ、得意とする分野は異なる。
しかし、「通過点でなく、最終地点としてのホラー」という岩澤イズムを佐々木はしっかりと継承しているように見受けられる。
そのイズムは、止めどもないホラー愛にあふれている。

オレはこのホラーを愛してならない二人の監督に泣かされた。

「心霊玉手匣」と「星に願いを」
そのどちらの作品でも、泣いた理由はわかる。
熱と感動と感謝の気持ちだ。

熱とは、作品のそこかしこにマグマのようにたぎっている熱量。

感動とは、薄っぺらなものではなく作品にあふれる心からの叫びゆえのそれ。

感謝とは「星に願いを」を温くないホラーとして作ってくれたことに対する、感謝の気持ち。

一ホラーファンとして、ただ感謝したい。

佐々木さん、役者とスタッフの皆さん、素晴らしいホラー映画を作ってくれて、ありがとう。

そして、これを読んだホラーファンにお願いしたい。
佐々木勝己監督「星に願いを」を夏のホラー秘宝まつりでまだ見られる機会があるのならば、是非見てもらいたい。
東京はキネカ大森、名古屋はシネマスコーレ、大阪はシアターセブンで上映されている。
※上映日等は各劇場にお問い合わせください。

もし、色々な理由で劇場に行けない、あるいは上映期間が過ぎてしまったというのであれば、地方上映やソフト化ができるよう、声をあげてもらいたい。

「見たい!」という声があがればあがるほど、全国で見られる可能性が高まるのだ。
TwitterでもInstagramでもFacebookでも、リアルでも、なんでもいい。
一人一人の声は小さくても、集まれば大きな声となる。

最後に、「星に願いを」についての佐々木勝己のツイートを紹介したい。

ホラー映画は何のためにあるのか。
誰のためにあるのか。

死ぬな、殺せ!

佐々木勝己のメッセージは、乱暴に感じるかもしれないが、粗野な言葉の裏に隠された彼の思いは、なんと温かなものなのだろうか。

この映画で、日本のどこかにいる誰かが救われるはずだ。
明日も会社に行こう、学校に行こう、生きてみよう、と。
そう思う人がいるはずなのだ。



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