【夏目大一朗3】映画監督、夏目大一朗と俳優、夏目大一朗

日本兵に扮する夏目大一朗



夏目大一朗は、常々公言している。

「自分は、いい役を演じるために監督をやっている」

この発言を額面どおり受け取ると、夏目にとっての映画監督は、自分が俳優を行うための手段に過ぎないようにも思えるが、果たしてどうなのか?

いい役=主演、という意味で考える。

これを書いているオレは夏目作品をすべて網羅しているわけではないので、ざっくりしたイメージで話をしてしまうが、自主映画やVシネマなどを含め、夏目監督作品で夏目大一朗自身が主役を張った作品は、そこまで多くはないように見受けられる。

先に述べた『呪ギャル〜芸能怨霊伝説〜』や『凸撃!!心霊調査隊カチコミ』、そして今、夏目がもっとも力を入れている自主作品『心霊調査ビッグサマー』などが夏目が主演している作品である。

『映画版心霊調査ビッグサマー』DVD

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これらの役柄の設定は現実世界の夏目の姿と被るところが多い。

映画監督である自身とは遠い設定、例えば自主映画『静かな日常』における狂気的な殺し屋や『冷凍庫よりサムい』における冷徹な弁護士などは、決して主役ではないし、画面に映る時間も長くはない。
脇役に過ぎないのだが、夏目自身がその作品の中で一番演じたい役であり、熱量高く怪演している。
それにより、短い時間の中であってもそのインパクトから視聴者の記憶に残っている。
要するに、夏目は自身の作品世界のなかで適材適所となる俳優をキャスティングしているだけなのだ。

もしも自分が主役を演じたいだけだったら、夏目は監督作の大抵の作品で脚本家(共同脚本含む)も兼ねているし、その気になれば、すべての作品において自分を主役にすることも可能なのだ。

言うなれば、武田鉄矢が主演・原作・脚本を務めた『刑事物語』や『プロゴルファー織部金次郎』が「武田鉄矢の、武田鉄矢による、武田鉄矢のための映画」(個人的には、武田鉄矢の本質は『三年B組金八先生』の坂本金八よりも『刑事物語』の片山刑事にあり、この『刑事物語』は日本映画史に残る名作である)であるのと同じく、監督・脚本を務める夏目大一朗の作品もまた「夏目大一朗の、夏目大一朗による、夏目大一朗のための映画」である、と表面上は見えるかもしれない。
だけどその実、夏目は自分が演じる役を含めて、極めて合理的に配役していることがわかる。
つまり、夏目は監督業よりも俳優業に重きを置いているわけではなく、監督も俳優も等しく同じだと考えているわけだ。

そもそも夏目は「俳優は露出してなんぼ」という考えを強くもっている。
出演オファーがあれば自主映画であろうがなんだろうが、諸手を挙げて参加し、演技したいという欲求の持ち主だ。
夏目にとっては誰かの作品に呼ばれて演技することが重要であり、ギャラのことなどまったく考えていない。
ギャラは二の次三の次なのだ。
自分がそう思っているからこそ、自身の作品に出演する、特に夏目と付き合いのある俳優陣に対しては自分と同じベクトルに揃えたいと考えるのだろう。
たとえば夏目の自主映像作品『心霊調査ビッグサマー』のメインヒロインとして出演している西川千尋はこの案件でギャラをもらっていない。
現状として商売としてまともに成り立っていない自主映画のため支払えない部分も大きいが、同時に「ギャラよりも演者として求められていることの方が重要」という考えによる影響が大きいと思われる。

よくニコニコ生放送のチャンネルで書かれている「夏目はケチだ」というコメはネタとしてはありだが、実際の夏目の性質を適切には表してはいない。
ケチというのは、カネに固執しているからこそ、カネを支払いたくない、という真理だ。
だが夏目の場合、カネにまったく執着していない。
夏目とカネの話は、また別項を立てて検証していきたい。

あと、あれだ。
夏目大一朗が自身の映画の最後に演奏や歌唱する、いわゆる「夏目バンド」について。
本人が映画監督や俳優以外にロックスターになりたいという願望の末の帰結であり、音楽に対する情熱も叶えたいという夏目の欲求から生まれたものなんだろう。きっと。おそらく。たぶん。



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